「ファシリテーション」を自学する

「ファシリテーション革命」中野民夫著を読んで
ピラミッド社会からウェブ型社会へ移行しつつある現在、つまり強力なリーダーシップによる「指導」だけでは参加者の主体的、能動的な行動、活性化が期待できないことがわかってきた現在。個性を育み、多様な個性を尊重しながら、チームとしての力を発揮するような、引き出し、促進し、まとめていく「支援」型のリーダーシップが必要になってきたと説いている。そこで必要となるワークショップの実施についても、それがすべて正しいというわけではなく、その問題点にも言及しているあたりにとても共鳴できる。
ワークショップの定義「ワークショップとは、講義など一方的な知識の伝達スタイルではなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学びあったり創りだしたりする、双方向的な学びと創造のスタイル」とする。イベント業に携わるものとして、今、もっとも身近に悩み感じていることがこの文章のなかにある。
ワークショップに共通する特徴は、1.参加2.体験3.相互作用である。
1.学習者が主体的に参加し関わっていく積極性が不可欠。
2.体験はボディ(身体)・マインド(知性)・スピリット(直観・霊性)・エモーション(感情)の4つの要素を多様にバランスよく扱う。体験学習法の循環プロセス1.体験する2.観てみる3.分析する4.概念化するを重視。
3.相互作用。特定の先生から学ぶのではなく、参加者同士お互いから学びあう、というところが特徴だ。
これこそが今、自分が関わっているイベントに欠けている要素である。イベントの目的は、「時と場所を同じくして、ある感動とともにクライアントの思いを参加者に伝える」ということであるが、それが一方的なもの、たとえば講演会やシンポジウムなど、あたかも参加性をうたってはいるが、実際は参加者は受け身のままで、限られた参加性はアンケートやプログラムの最後にある質疑応答コーナーだけである場合が多い。
そのためワークショップの実施には「場づくり」が重要であると説く。参加者の気持ちを十分にくみ取った、会場の雰囲気づくり、そして始めるときの「チェックイン」の方法なども秀逸である。まさにイベントを実施するときに私たちが留意する部分、また社内ミーティングを行うとき、また事務所のレイアウトづくりに日々悩んできた自分には目から鱗である。
最後に著者は、ワークショップがいつかなくなる時がくるべきであると説いている。一人ひとりが主体的にあらゆることに参加し、一人ひとりの個性や違いがごく自然に尊重され、お互いから学びあったり、協働して創りだすことが当たり前の社会がくれば、ワークショップやファシリテーションも何も特別なものではなくなると。
そして著者のミッションはと問われて、「私もワークショップやファシリテーション等の実践を通して、そんなにささやかでも、どんな役割であれ、自分自身が「平和の道具」として使われることを密かに願っている。内なる平和を育みながら、矛盾と試練に満ちた日々を一歩一歩前向きに歩みたいと思う。」と括っている。
執筆期間に一番聴いたCDは、シネイド・オコナーの「永久の魂~シャン・ノース・ヌア」だそう。探してみようと思う。

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